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ディオール・オム DIOR HOMME

ディオールオム(DIOR HOMME)について

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ディオール・オム(DIOR HOMME)のデザイナー

ディオールオム(DIOR HOMME)について

2000年にクリスチャン ディオールのメンズラインとして設立されたディオール・オム(DIOR HOMME)。 イヴ・サンローランでメンズ部門のデザイナーを担当していたエディ・スリマン(Hedi Slimane) によって立上げられました。
それ以前のメンズラインはクリスチャン・ディオール・ムッシュ(Christian Dior Monsieur)というラインで、 パトリック・ラヴォワがデザインを担当していましたがメンズウェアとしてはやや低迷していました。

ファーストシーズンとなる2001年秋冬パリコレクションで、ディオール・オムは世界中にセンセーションを巻き起こしました。
ブリティッシュロックに対する造詣が深いエディ・スリマンのデザインはロックテイストの強いもので、 黒を基調にレザータキシード、細身のジャケットを中心としたモノクロ、ハイパースキニーなシルエット、 シャープなカッティングといった特徴があり、音楽とファッションをつなげるデザインは消費者にも支持され、 ディオール・オムは瞬く間にメンズファッションをリードするブランドとなりました。
ディオールオムのスタイルは世界中のデザイナーに影響を与え、一つのトレンドを生み出します。 ハリウッドスターやロックスター、日本の芸能人など多くの幅広い著名人がディオール・オムを愛用しており、また シャネルのデザイナーであるカール・ラガーフェルドは、「ディオール・オムのスーツを着るため」 という理由で42キロもダイエットしたと言われています。
裾幅が19センチおよび21センチのフィットジーンズのヒップポケットのダーツは、今ではディオール・オムの顔となっており、 スリムなブラックデニム、スキニージーンズなど、'00年代のメンズファッションに最も大きな影響を与えました。
また、これらの活躍を受けて2002年、エディ・スリマンはCFDAの「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」に選出されています。

2004年、ディオール初のメンズウォッチ「シフル・ルージュ」を発表。
シフル・ルージュとはフランス語で「紋章と赤」を意味し、 以降、時計の製作も積極的に行うようになり、ゼニスの「エル・プリメロ」を使ったモデルも発表されています。
ちなみに、時計に関してはメンズであっても「DIOR HOMME」ではなく「DIOR」ブランドが表記されています。

2007年、エディ・スリマンは輝かしい功績を残しながら、惜しまれつつもディオール・オムのデザイナーを辞任。 辞任の理由としては、「自身のブランドを立上げたい」「金銭的な契約の問題で折り合いがつかなかった」等 さまざまな憶測が飛んでいますが、事実は判明していません。
ディオール・オムの後任のデザイナーにはクリス ヴァン アッシュが就任しました。
クリス ヴァン アッシュは、かつてディオール・オム立上げ当時エディ・スリマンのアシスタントをしており、 2005年に自身のブランド「KRIS VAN ASSCHE」を立ち上げる前年までディオール・オムに在籍していました。

2008年春夏コレクションでクリス ヴァン アッシュによるディオール・オムのコレクションが初登場。 エディ・スリマンに比べやや大人なデザインが注目を集めました。
ロックテイストよりなモードから一転してクラシックでエレガントなイメージを打ち出し、 「基本に戻った新しいエレガントなスタイル」とクリス ヴァン アッシュは語っています。

全国のディオール・オム店舗

東京 名古屋 大阪
神戸 福岡


●東京のディオール・オム

DIOR HOMME 銀座
中央区銀座5-6-1 ディオール銀座B1F・4F
電話 : 03-6252-3174

DIOR HOMME 表参道
渋谷区神宮前5-9-11 ディオール表参道B1F
電話 : 03-5464-6263

DIOR HOMME 伊勢丹新宿
新宿区新宿3-14-1 伊勢丹新宿店 メンズ館3F
電話 : 03-3358-8131


●名古屋のディオール・オム

DIOR HOMME 名古屋
名古屋市中村区名駅4-7-1 ミッドランドスクエア2F
電話 : 052-588-6208

DIOR HOMME 松坂屋名古屋
名古屋市中区栄3-16-1 松坂屋名古屋店 本館2F
電話 : 052-264-2062


●大阪のディオール・オム

DIOR HOMME 心斎橋
大阪市中央区心斎橋筋1-9-17 エトワール心斎橋B1F
電話 : 06- 6120-6640

DIOR HOMME 阪急梅田
大阪市北区角田町8-7 阪急梅田メンズ館2F
電話 : 06-6130-8252


●神戸のディオール・オム

DIOR HOMME 神戸
神戸市中央区海岸通4番地 新明海ビル2F
電話 : 078-391-3085


●福岡のディオール・オム

DIOR HOMME 岩田屋福岡
福岡市中央区天神2-5-35 岩田屋本店1F
電話 : 092-761-3181

ディオール・オム(DIOR HOMME)のデザイナー

エディ・スリマン Hedi Slimane

hedi_slimane.jpgエディ・スリマン(Hedi Slimane)は1968年にフランスのパリで生まれました。
入学難易度の高さでは屈指のフランスの名門校グラン・ド・ゼコールを卒業し、その後、ルーブル美術学校(Ecole du Louvre)で 歴史と美術史を学びます。エディ・スリマンは10代の時にファッションに興味を持つようになり、独学で服作りを始めましたが、 きちんとしたデザイナーとしての教育は受けていません。

1990年から1994年までジョゼ・レヴィ(Jose Levy)の下でファッション・ディレクターを務め、 94年から96年までファッション・コンサルタントであるジャン=ジャック・ピカールのアシスタントを務めました。

当時は無名に等しかったエディ・スリマンでしたが、1997年イヴ・サンローランのメンズプレタポルテラインとなる 「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ オム(Yves Saint Laurent rive gauche HOMME)」の アーティスティック・ディレクターに抜擢され、同ラインの立ち上げを見事成功させます。
また、1998年よりイヴ・サンローランのジーンズライン「サンローラン・ジーンズ(SAINT LAURENT JEANS)」も手がけています。

1999年、PPRとグッチ・グループによる買収が起こり、イヴ・サンローランのオートクチュール部門はPPR傘下に、 プレタポルテ部門であるリヴ・ゴーシュと香水・コスメ部門はグッチ・グループの一員となりました。 この買収劇の中、翌2000年エディ・スリマンはイヴ・サンローランを離れます。

そして2001年「ディオール・オム(DIOR HOMME)」の立ち上げに携わることになり、 ディオール・オムのクリエイティブ・ディレクターに就任。 同年の秋冬コレクションは世界中にセンセーションを巻き起こしました。 黒を基調とした色調でタイトなシルエットを表現し、'00年代のメンズファッションに1つのトレンドを生み出します。 こうしてエディ・スリマンは「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ オム」の立ち上げと 「ディオール オム」の立上げを見事成功させました。
これらの活躍を受けて2002年4月、エディ・スリマンはCFDAより「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれました。

エディ・スリマンはコレクション毎にテーマを掲げ、それに沿ったデザインを発表しています。
2001-2002 A/W 「SOLITAIRE」
ロマン派の構成主義的な発想から、構造と動きとの対比を定義。モチーフはキャスパーデイヴィッド・フリードリッヒの理念。
2002 S/S 「Boys don't cry/red 最後ヌード」
エレクトロクラッシュという新しい音楽ジャンルの誕生を示すコレクション。 ベルリンとウィリアムスバーグで活動を始めたエレクトロクラッシュのミュージシャンたちにも影響を及ぼす。
2002-2003 A/W 「REFRECTION」
パレ・ド・トウキョウ オープンの頃。ブラックスキニージーンズとぴっちりとした白シャツが絶妙なバランス。 裏原系の人達の多くが影響されたコレクションで、以降更にストリートファッション化。
2003 S/S 「FOLLOW ME」
デヴィッド・ボウイのツアー衣装のために制作したカットアウェイジャケットやディオール・オムの代表的アイテム『デニム』の誕生。 かなりストリート寄りでカッティング、カラーリングも斬新。bee刺繍ネクタイ、bee刺繍シャツも登場。
2003-2004 A/W 「LUSTER」
ゴシック様式からアイディアを得て、ベルリンからインスパイアされたコレクション。 エルトン・ジョンもお気に入りで、鎧や甲冑がモチーフ。 布地にツヤを出す加工を独自開発し、光の反射を活かすために全てが真っ黒の中で行われたショー。
2004 S/S 「STRIP」
エディ・スリマン自身がロックへと傾倒していく時期。スキニースーツスタイルはそのままに、 シャイニーでスーツにホワイトスニーカーを合わせたロックな印象。細い肉体の胸元を大胆にみせるセクシャリティも表現。
2004-2005 A/W 「VICTIM」
インディーズロックに関連する最初のコレクション。これまでのプロポーションをリセットし、ショート丈のジャケットが誕生。 エディの興味がロンドンへと向いてゆく様を示したショー。
2005 S/S 「BECK」
ナチュラル、グランジのフィーリングをテーマにしたショー。インディーズロックがファッションに戻ってきた 本当に初期のコレクション。エディ・スリマンのフォトグラファーとしての写真集『STAGE』をリリース。
2005-2006 A/W 「GLAM」
イーストロンドンのインディーズロックシーンへとトリビュート。ロックをテーマにした集大成ともいえるコレクション。 ゴールドブーツが光る。Ben Swankのドラムパフォーマンスをバックにグラム・ロックが鳴り響く。 モデル、曲、ドラム演出等そのほとんどをエディ・スリマンの友人らによって構成。
2006 S/S 「MODS/SKA」
ピート・ドハ―ティに捧げたコレクション。伝統的な「モッズ/スカ」の復活。ショーのミュージックは、THE RAKESが手掛ける。
2006-2007 A/W 「these grey days」
デヴィット・ボウイの『THIN WHITE DUKE』に捧げたショー。男性へのクチュール回帰を提案。タキシードとシャツは美しいの一言で、 ロックテイストから脱却し、メランコリーに満ちたオートクチュールの世界のショー。
2007 S/S「We look good together」
アンダーマイカーデニム誕生。エディ・スリマン自身もお気に入りで、ショーでは本人も着用。
2007-2008A/W 80's new wave
エディ・スリマンのラストコレクション
2007年秋冬コレクションを最期にディオール・オムのデザイナーを辞任します。
エディ・スリマンがディオール・オムとの契約を更新しなかった理由として 「自身のブランドを立上げたい」「金銭的な契約の問題で折り合いがつかなかった」 等さまざまな憶測が飛び交っていますが、事実は判明していません。 なお、ディオール・オムの後任のデザイナーにはクリス ヴァン アッシュが就任しました。

ディオール・オムを退社したエディ・スリマンはフォトグラファーとしての活動を開始。 プラダ(PRADA)の2009年春夏メンズコレクションのキャンペーンフォトを撮影する等、 雑誌、ビッグメゾンの広告などの仕事もこなしました。

2012年3月7日、かつて在籍したイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)のクリエイティブ・ディレクターに就任。 ディオール・オムのクリエイティブ・ディレクターを退任して以来、約5年ぶりにデザイナーに復帰します。
イヴ・サンローランのブランドイメージおよびメンズをはじめエディ・スリマン自身初となるレディース部門等 全コレクションを統括することになります。
なお、イヴ・サンローランのクリエイティブ・ディレクターと並行して、フォトグラファーとしての活動も継続しています。

クリス ヴァン アッシュ Kris Van Assche

krisvanassche.jpgクリス ヴァン アッシュ(Kris Van Assche)は1976年、ベルギーに生まれました。
1998年にはアントワープ派と呼ばれるデザイナー達を多数輩出したアントワープ王立美術アカデミーを卒業。
卒業後、イヴ・サンローランのメンズライン「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ オム」に入り、 エディ・スリマン(Hedi Slimane)のアシスタントを務めました。

2000年、クリスチャン・ディオールにエディ・スリマンと共に移り、引き続きアシスタントとして ディオールのメンズライン「ディオール・オム(DIOR HOMME)」立ち上げに尽力し、見事成功に収めました。
クリス ヴァン アッシュはディオール・オムで2004年まで活躍します。

ディオールを退社した翌年の2005年、クリス ヴァン アッシュ自身初となる自らの名を冠したブランド 「クリスヴァンアッシュ(KRISVANASSCHE)」を設立し、2005-2006年秋冬パリコレクションでデビューしました。
また翌年、「トランスコンチネンツ(TRANS CONTINENTS)」と契約し、2006-2007年秋冬よりメンズの新ブランド 「テーラー・デザイン(Taylor design)」を発売しました。クリス ヴァン アッシュはディレクターとして、ブランドイメージやデザイン等 ブランド全体を統括。ちなみに「テーラー・デザイン(Taylor design)」は、上質な「テーラー(仕立て)」と、 「マスキュリン(男性的)」という 2つの意味と響きなどの要素からイメージされています。

2007年春夏メンズコレクションでは12体のレディースウェアを発表。レディースコレクションも手がけるようになります。
2007年秋冬、ピッティ・イマジネ(Pitti Immagine)にてゲストデザイナーとしてインスタレーションを発表。

そして2007年3月、エディ・スリマンの離脱を受けてディオール・オムのクリエイティブ・ディレクターに就任し、 2008年春夏でコレクションを発表。エディ・スリマンによるこれまでのロックテイストよりなモードからエレガントでクラシカルなイメージへシフトしました。 クリス ヴァン アッシュは「基本に帰った新しいエレガントなスタイル」と語っています。

クリスチャン・ディオールの看板を背負い、偉大なる師エディ・スリマンの幻影に付き纏われ、 純粋に評価されにくい面もありましたが、徐々にクリス ヴァン アッシュらしさを発揮し、 今では誰もが認めるディオール・オムのデザイナーとなっています。

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